北海に行くことになったきっかけ
― 未経験から飛び込んだ柔道の世界 ―
中学時代は藤女子中学校に通い、生徒会長を務めていました。
女子校という環境もあり、当時は柔道の経験はまったくありませんでした。
高校進学を考えた際、将来は警察官になりたいという思いがあり、部活動紹介のページを見ていたところ、北海高校に女子柔道部があることを知りました。
「ここなら柔道ができるかもしれない」
そんな軽い気持ちで、進学先を北海高校に絞ったのがきっかけです。
女子校で生徒会長をしていた自分が、元男子校である北海高校、しかも柔道部に入る――。
周囲からは驚かれましたが、本人はあまり深く考えていなかったといいます。
この学年は共学3期目で、初めて全学年で男女が揃った世代でした。
想像以上に厳しかった柔道部での日々
実際に入部してみると、想像以上に厳しい環境が待っていました。
周囲は推薦で入学した実力者ばかり。
「なぜ未経験でこの部活を選んだのか」と不思議がられることも多かったそうです。
女子部員は、1学年上に斉藤文雄先生の娘さん、同学年にもう一人の計3名のみ。
他にも未経験で入部した女子部員はいましたが、すぐに退部していきました。
負けず嫌いな性格もあり、稽古は常に男子と一緒。
男女の差を意識することなく、ぶつかり続けました。
強豪校での日々は運動経験がほとんどなかった分、何倍にも感じられ、必死にくらいついていく毎日。
その中で「質実剛健」「百折不撓」という北海の精神を、骨身に染みて学びました。
指導から学んだ、人と向き合う姿勢
斉藤文雄先生の指導は、一人ひとりに合わせて違っていました。
その姿を見て、「人間関係も相手に合った接し方が必要なのだ」ということを学びます。
試合に負けると、悔しくて泣いてばかりいた大石さん。
すると文雄先生からこう言われました。
「泣くな。泣くとスッキリしちまうだろ。
スッキリしたら悔しさが消えて、次に頑張れなくなる」
感情を吐き出して終わりにするのではなく、
その気持ちを抱えたまま考え続けることの大切さを、この時に教えられたといいます。
また、外部コーチとして毎日稽古をつけてくれた滝沢コーチの存在も大きな支えでした。
「強いやつが勝つんじゃない。勝ったやつが強いんだよ。」
この言葉から、挑戦し続ける意味、勝って努力の経過を証明することを学びました。
大学でも続いた北海との絆
卒業後は東海大学札幌校へ進学し、柔道を続けました。
大学での稽古に加え、毎日のように北海高校をはじめ、北海卒業生の進学先の他校へ出稽古へ通い、稽古を重ねました。
先輩、後輩、先生沢山の方の胸をかりて
大学時代には個人で全道優勝を果たします。
その試合には、稽古をつけてくれた北海出身で各大学に進学していた先輩たちが、垣根を越えて応援に駆けつけてくれました。
その姿を見て、改めて北海の絆の強さと、支え合う文化を実感。
北海への感謝の気持ちは、さらに大きなものとなりました。
現在の仕事と、変わらない「仲間」の存在
卒業後はアパマンショップで不動産営業を経験。
その後、現在のご主人と出会い、二人の男の子に恵まれました。
子育てをしながら営業職として走り回り、好成績を残してきましたが、
「自分一人の力ではなく、周囲の支えがあったからこそ頑張れた」と振り返ります。
そうした仲間たちと、後に起業。
現在は平岸で不動産会社を経営する女性起業家として、子育てと仕事を両立しながら活躍しています。
北海界隈、学園前の物件を扱うことも多く、
この土地で仕事をしていることに、運命的なものを感じているそうです。
「北海卒のお客さんが来ると、うれしくて、つい優しくしちゃうんですよ」
そう笑顔で語る姿が印象的でした。
校友会での活動 ― 未来へつなぐ北海 ―
経営、子育て、柔道に加え、もう一つのライフワークがあります。
それが北海校友会での活動です。
大石さんは、校友会総務部内の組織
Next10(ネクストテン)委員会の中心メンバー。
「校友会次の10年のための未来の準備」を意味し、
年齢や地域にとらわれず、オンラインを中心に活動しています。
現在は30代を中心に、20名弱の卒業生が参加しています。
「卒業生全員が校友会の会員です。
まずは“何をしているのか”を知ってほしい。
それぞれの得意分野で、きっとできることがあります。
人の役に立てる喜びを感じられる場所なんです。」
北海卒業生は、熱くて、温かい人が多い。
関わることで、自分自身にとっても大きなプラスになる――
そう語ってくれました。



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